生まれ変わった下北沢のこと


退院したその日に実家に帰った。
気になっていたことがあったのもそうだけど、1月末からおよそ1ヶ月以上、ほとんど誰とも喋っていない状況で、精神的にきつかったのもあって帰った。体調体温排泄の報告か、仕事の連絡か、「ペイペイで」くらいしか声に出していなかった。皿洗いしたり薬の整理をしたりしながら母とめちゃくちゃ喋った。
食事の管理がつらいので、欲を言えばそのまま実家に留まって半月くらいご飯を食べさせてもらう暮らしをしたい気持ちもあった。しかしまぁ実家にいればいたで面倒くさいこともあり、職場は職場で「待ってますね」と言っていただけるありがたい状況もあり…とりあえず二泊三日の東京滞在とした。

 

親のこともありつつ恋人にも会わなくてはと下北沢まで出る。変わった変わったと聞いてはいたが、何年ぶりに駅の外に出たか覚えていないほど久しぶり。多少工事中のところは残りつつも、完全に新しくなっていて驚いた。
日記のお店『月日』に行きたくて、井の頭線西口(ここは変わってない)から地図を見てフラフラいくと、通ったことのない道や工事中の空間を経てかなりの人が一定の向きに流れていく。なんだろな…と思ったら、月日を含むBonus Trackという場所がその人々の目的地で、当日はPodcastのイベントをしていて大賑わいだった。文脈が全くわからないうえに酒が飲めないのでなんとも言えない気持ちになった。休みの昼間でお祭りで、ビールもワインもあちこちで売っていて飲んでいる空間、普通なら喜び勇んで買うのに飲むのに。少し悲しい。
念願の月日は、蟹の親子さん『にき』を読んで想像していたのよりもかなりコンパクトなお店だった。ひっきりなしにお客さんが出入りして、書店の反対側のコーヒースタンドも行列ができている。大変な日に来てしまった。
買うと決めていた古賀さんの『ちょっと踊ったりすぐに駆け出す』、武塙さんの『爽やかな茸』に加えて、田巻秀敏さん『貨物船で太平洋を渡る』に惹かれて購入。
ついでにお店の人に日記本を置いてもらうにはどうしたらいいか訊いた。門戸は開かれている。いつやるのか。
新生B&Bにも寄った。こちらは想像以上の広さと冊数で驚いた。本の冊数は総合書店よりも少ないのだろうけどすごく多く感じたのは、すべての棚に読んでみたい本が詰まっていて気が抜けなかったせいだろう。はあ…情報量…情報量…と息切れしながら外に出た。
これにfuzkueがセットになっているんだから、すごい商業施設だな。かわいらしい保育園も並びにあって、ああこれがいまの東京の文化なのか、という感じ。

 

少し歩いて駅の位置関係を理解し直した。高校大学から新卒の初期までかなりの頻度で下北沢にいたが、よく行っていたあの店この店はどうなったんだろう、そこまで見て回れなかった。
当時は希少だった電源の使えるカフェにThinkPadを持ち込んでレポートを書いたり、マクドナルドの2階の窓から隣のパチンコ屋のネオンを眺めつつ課題のアイデア出しをしたり、お好み焼きにハマったり餃子にハマったりホットワインにハマったり、東日本大震災直後の自粛ムードの中で1人タイ料理屋にビールを飲みに行ったり、まあそういった諸々の20代の思い出がある。
渋谷や吉祥寺がそうであるように、下北沢もこの20年で商業エリアの範囲が徐々に拡大しているのには気付いていた。しかしデカくてキレイな箱ができるというよりも、小さくてイケている店がポツポツと中心から離れた場所にできて、それに引っ張られる人流を目当てにまた小さな店が連なる…というのが常だったように思う。今回は駅と線路という骨格のようなものが変わったから街全体に大きなインパクトがあったのだな。小田急の駅ビルなんか小綺麗なヨーロッパみたいなムードを出していた。下北沢なのに!!!

ともかくあっち側のピーコックとこっち側のマクドナルドがこんなに近距離だったなんて、駅舎がなくなるこの時まで知らなかった。もうあっち側とこっち側で待合せを失敗することもないのだと思うと、すこし寂しいような不思議な気持ちだ。

そのあっち側とこっち側の間の空間にできていた猿田彦珈琲でお茶を飲んで帰った。おまんじゅうがあったので食べた。バレンタインジャンボ宝くじを買ったが当たらなかった話をした。
f:id:l11alcilco:20220317084909j:image