３月から住んでいる部屋は家具家電付きの賃貸物件だ。
ベッド、ソファ、机と椅子、冷蔵庫、テレビなど主要なものは設置されていて、初めに自分で買ったのはこまごました調理器具や消耗品だけ。賃貸物件サイトを見るとFully Furnishedというフィルタリング項目があって、おそらくそっちの方が定番というか人気なんだと思われる。要はちょっと値段が高い。定番の売り文句として「スーツケースだけ持っていらっしゃい、すぐ住めますよ」というようなことが書いてある。
部屋のオーナーによっておいてある家具はもちろん差異があり、最初に内見に行ったところは中華風の重たい木の家具がしっかり据えてあって格好良かった。間取りや立地だけでなく、家具も考慮に入れるのか、とこのとき初めて気が付いた。太っ腹な前の住人が自費で買い替えたという、真新しいドラム式の洗濯機があるところもあった。
いまの部屋と同じマンションの別な部屋も内見したけど、まったく同じ間取りの中に間違い探しのように少しだけ違うものが置いてあって面白かった。別な部屋には２ドアの冷蔵庫と浄水器があるのが美点だったが、ちょっと部屋の中のカビが多かったのとカーテンの柄が変で気になってやめた。いまの部屋にはごくシンプルだったのに加えて、小さな観葉植物があるのが嬉しかった。趣味の合うオーナーに巡り合えたのは幸運だった。
で、住んでみると、オーナーが設置したのか前の住人が設置したのか（たぶん後者）、ところどころにフックがあるのに気が付いた。造り付けではなく、明らかに後付けのフック。玄関、キッチン、リビング、バスルーム。あらゆるところにフック。こんなスッキリした部屋にこんなの要らんよなぁ、と思っていたのだが、まず最初にハッとしたのは洗面台だった。
手を洗って、顔を洗って、拭くタオルがほしい、どこに置く？あっ…！？丁度いいところにフックが…！
そうだったのか、となる。
前の住人とわたしが時空を超えてＥ・Ｔの仕草*1をした瞬間だ。きっと前の住人はそのときウィンクもしただろう。声があるなら「でしょ？」と言ったことだろう。
ああ、ここに吊るせば解決します、すごい、あなたが付けたフックが、動線を規定しています、とこちらは痺れた。
そのあとはもう、すべてのフックに意味があるに違いない、という目線のまま部屋にいるようになった。
玄関ドアに付けてあるフックは傘とか鍵とかをかけたりするかな、日本だったらシャチハタを置きたいポジションだな、と思っていたのだが、ある日ひらめいて買い物袋を吊るしたらもうそれ用にしか見えなくなってしまった。
冷蔵庫の上の微妙な空間につけてあるフックは一体何なのかしばらく困惑していた。もしかしたらと思ってバナナを引っ掛けてみた。いつも行くスーパーでバナナは吊るされて売られているので、陳列用の紐をそのまま活用。合っているかは不明だけど、毎朝食べるバナナの定位置はできた。どうですか先住者。
とはいえまだ使いこなせていないフックがある、特に天井近くに４つ並べてつけてあるフックは一体何のためにあるんだろう。お誕生日のバナーでもかけたかな。知らない誰かの意思をちょっと図りきれず、謎解きのような気分のまま居住し続けている。いつか全てのフックに役割を持たせられると良いのだけど。
*1:二人で人差し指の先をソッと合わせるやつ
