ピーナツバターのこと


前にも書いていると思うので重複申し訳ないのですが、みなさんがピーナツバターに目覚めたのはいつですか。
わたしは21歳くらいのとき。
きっかけは、アメリカのタイ料理店のメニューにあった「ほうれん草のピーナツソースがけ」。
半生のほうれん草に茶色の甘くてしょっぱくて少し辛いソースがどろっ…とかかっているだけの食べ物なのだけど、これがなんとも美味しかった。
ほうれん草が半生だったのはたぶんサラダで食べるようなやつに温かいソースがかかっているから少しだけ加熱されたような感じになっていたのだと思う。他に具はあったような気もするし、なかった気もする、もしかしたら茹でた鶏が横にあったかもしれないが、とにかくメインはほうれん草とピーナツソースだった。茶色のソースに赤い油がちょっと光っていて、構成要素は健康そうなのにまったくもってジャンクな味だった。何度でも食べたかった。
日本でも似たようなものがあったらチャレンジしたし、サテーのような東南アジアの焼鳥にはピーナツソースが割と定番であるということもわかってきて、お料理に合わせるピーナツバターはメニューにあったらぜひ選びたいものになった。

 

そのあと30歳を過ぎたあたりから、仕事の合間になんらかの栄養もしくは優しい気持ちのようなものを求めるようになったときに、いつもそばにいてくれたのがランチパックのピーナツバター味であった。
食べ物には味とか栄養価とかいろいろ価値の付け方や選び方があるけれど、ランチパックのピーナツバター味は私の中ではかなりコンフォートフードとして高ランクに位置していた。会社に行きたくなくて駅の改札で泣きながら食べたり、残業になるとわかった瞬間に心を無にしながら会社の机で食べたり、ごく稀にあったゆとりのある朝にはオーブンで温めて表面がすこしパリッとしたのを食べたり、していた。
ランチパックは、はむっ…とした食感とパンの厚みと塩気がそもそも美味しい。ツナもハムもたまごも、期間限定のいろいろな味も美味しいが、結局ピーナツバターが最強なのだろう。PBだらけのセブンイレブンのパンの棚にも、ランチパックのピーナツバターだけはそっと常置されたりしていて、もう無二の存在であることがよくわかる。
心が無理だと思うときにとりあえずコンビニや駅のキオスクに駆込んでピーナツバター味を問答無用で買い、ホームの椅子に座って食べると少しだけ涙が出て、とりあえず生きないとな、と思うのだった。



この一週間でわたしは妖怪ピーナツバター舐めになった。
先週の土日は推しを見るためにジャカルタまで飛び、ヘイズの濃さに驚きながらも楽しく過ごしてきたのだが、反動疲れか虚しさが続いた。笑えないほど仕事が暇で、毎日ディスプレイの前で8時間半どう過ごしていいかわからなくなり、モゾモゾしていた。
月曜日の帰り道、スーパーに寄って、数日分の野菜や肉などを買ったときに、ピーナツバターの瓶の棚を見ると安売りになっていた。どう使うかも考えずとりあえず買った。そして家に帰ってきて、肉と野菜を冷蔵庫に入れ、ピーナツバターを開けて、スプーンで掬ってそのまま食べた。そして寝た。
美味しいというより、何かを埋めたい気持ちをピーナツバターに託しているようだとわかった。
わかったがうまく埋められないので、それが3日続いた。
菓子パンを食べるのをやめろ、みたいなツイッターの投稿がバズっており、なるほどそうだろうなと思う。思うが、菓子パン以下のピーナツバターをただ舐める。日に日に食べる量と時間が伸びていった。3日目になると、口の中がただれたように荒れた。
木曜金曜は人と会って食事をしたのでピーナツバターは登場しなくて済んだ。土曜日はかぼちゃをマッシュしたところにバターとピーナツバターを混ぜて、料理のようなふりをして食べた。日曜日はまたピーナツバターだけを食べた。

もうすぐピーナツバターの瓶が空になるが、もう買うのをやめようと思う。埋まらなさの原因はよくよくわかっていて、ピーナツバターに託してはいけないのだ。

f:id:l11alcilco:20241014002533j:image(かぼちゃとピーナッツバターを混ぜたときの様子)