2020年のこと

東京オリンピックの招致が決まったときのことをよく覚えている。7年前だ。
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テレビで「トキョ!」の瞬間を観て、喜ぶおじさんたちの群れを観て、「あ〜〜なんかどうとも思ってなかったけど良かったな〜〜〜〜」なんて思って貰い泣きしてしまった。安倍さん(首相)は「福島はアンダーコントロールだぜ」と言っていて、そこまで言うならそうするんだろなと思っていた(まさか国際的なハッタリだとは!)。

 

その日に、ツイッターでこんなことを言った。


そしたら、尊敬する年上の友人が「今の私の歳だよ、7年前よりいまが楽しいよ、むまさんもこのままやってたら自然にそうなると思うよ!」とリプライしてくれた。
すごく、そうだといいなぁ…と思って、忘れられない会話になった。

その夏は、両親ともに体調が悪くて、一人暮らしを始めたばっかりだったわたしは実家に戻ってご飯の支度をしたりしていた。扇風機の弱い風で父の頭から髪の毛が抜けて飛んできて怖かった。金という名の力が欲しくて、新卒で入った会社を辞める決意をし、転職活動していたのだった。
果たして7年後の2020年、もう一度転職して、想像もしていなかった名古屋に一人で住んでいる。尊敬する友人のようにはなれていないけれど、新卒のときの会社で親切に育ててもらったおかげで楽しく働いている。
当時のツイッターも今のツイッターも、通勤を嫌がったり昼から酒を飲みたがったりとなにも変わらない。でも、いま充実しているし、たぶん7年前より楽しい。きっとこの一年も楽しいだろう。大丈夫だ。

 

2020年はもうひとつ節目に思っていたことがあるのだが、全然スタートできていない。それはスナック開店である。
3年ほど前、一緒に社外活動しているごまさんと、スナックをやろうやろうと口だけで言っていても仕方ないから、期限を決めよう、と話して、「キリよく、2020年」「オリンピック明けに物件を探そう」と決意した。
そのときは、当時勤めていた会社にずっといるつもりだったし、そうでなくても東京で、週4はどこかで働いて、週3はスナック営業、なんて思っていた。年賀状には毎年、「スナックのことを考えようね」なんて書いていた。
しかしわたしは名古屋に来てしまい、公私共に様々な問題も発生してしまい、彼女はもちろん東京にいる。今年、東京で物件を探し始めることが果たしてできるのか、想像すると白目をむきそうになる。
いまの私たちに適したなにかよい姿があれば良いのだが。それを模索する年にしたらよいのかな…と思う。

 


気が狂いそうに暑いのに空調のないスタジアムで陸上競技をやるとか、とても臭い海でアスリートを泳がせるとか、ボランティアはどうなんだとか、いろいろなことがあって不安な年だ。
とりあえず混雑する東京を抜け出して、みんな名古屋においでよ。



これも招致決定の日のツイート。実現しなさそうで残念。