バランスと老後のこと

会社員になって11年、会社に行って働くことが癒やしになることもあるんだなとやっと気が付いた。

私たちの親世代の方々が、会社が大好きで地震が起きても絶対に会社に行きたくて、その分家庭を顧みない人になっていった訳がなんだか今更になってわかるのだ。
会社にいれば何を期待されてるかわかるし、やれるならやればいいし、やっているうちに時間は過ぎていく。承認されて、お金ももらえるし、話を聞いてくれる人もいる。
家庭で明文化されない期待(や不満)にやきもきするより、見える化された期待に応えれば済むというのはラクなのかもしれない。
ただし、期待されたことをやれないとしんどいし、認められないのもしんどいし、話も聞いてもらえないとしんどい。およそ8時間の勤務時間ずっとそんなだととてもしんどい。お金はたぶんもらえるけど。
でもそれこそ高度成長していた頃は、きっとわかりやすく世の中良くなっていき、自分もそれに参加している感もあり、働くことや所属していることが今よりもっと気持ち良かったのだろう。そんなこんなのうちに会社員であることにどっぷり浸っていく。そんな人にワークライフバランス!とか言っても、ワークが気持ちいいんだもんね、気持ちいいところから出るのはつらいもんね、と思う。
そういう人たちに定年が来て退職して、今まで仕事と通勤にあてていた一日のおよそ半分を自由に使えるようになると、どうなるのだろう。蕎麦を打ったり野菜を育てたりスポーツしたりいろいろあると思うけど、会社大好きだった人たちは、きっと会社に行きたいだろうなあと思う。それが趣味がないくらい仕事が楽しかった人たちの「末路」と言うには、なんだかかわいそう。
老人ホームで入居者の方々が、歌を歌ったり俳句を作ったり、ともすれば工作したりしている様子を見ていると、なんかもっとプロジェクトないのかなぁと思ってしまう。今の時期から15年か20年くらいは、まだまだ仕事人間の人たちがそういう場所に入って行くだろう。そのとき絶望しないようにするにはどうしたらいいのかなと思う。
20年くらい経てば、趣味があったり、ワークライフバランスのある人たちが老人になっていくだろうから、それぞれに趣味を満喫していただければよいかと勝手に思っている。
(実情は正直全然知らない。主に想像で書きました。)


わたしは最近、仕事をしているときが一番元気かもしれない。朝は全然起きられないし、大概夕方には元気は切れてしまうのだけど、うまくスイッチが入っているときはニコニコしていると思う。前の会社にいるときより、今の会社のほうが全然ニコニコしている気がする。ニコニコすべき場面が多いせいもあるのだと思うけど、大変化だ。
休みの日に一人でごろごろしたり出掛けたりしても、こんなに頻繁にニコニコしていない。
ああ、このままいくと、会社大好きの人たちと同じになってしまう。まずい。危ない。
ずっと遊んでいたいし全然働きたくない、旅行に行きたいところもめちゃくちゃあるし読みたい本や観たい映画も大盛りだ。
それを無理矢理にでも実施して「あー趣味は楽しいな」と自分に思わせないと、働いて疲れているくせに、会社や仕事が持っている別なタイプの癒しの力に負けそうになる。怖い。不安だ。

というのを書いておいて、来月くらいに会社辞めてたら面白いのだけど、たぶんまだ辞めない。