炊き込みご飯のこと

この3ヶ月くらい個人的に大流行してる炊き込みご飯。ほぼ毎日、朝は冷凍しておいた炊き込みご飯のおにぎりを食べてから出勤する。たまに食べながら出勤する。たまに出勤してから食べる。
なので炊き込みご飯を週に一度くらいは炊く。炊飯器を持っていないので土鍋で炊く。


炊飯器を持っていないのは、それがカッコいいと思っているからだ。炊飯器って、一人暮らしでの稼働頻度に対して、占有面積が大きすぎる。出し入れできるほどコンパクトでなし、置きっぱなしで他に使い道もなし。その部分がないだけで部屋は広くなる!みたいな言説をどこかで仕入れた若い頃の私は素直に言うことを聞き、初めての一人暮らしから次の場所へ引越すにあたり、持っていた炊飯器を手放したのだった。
炊飯器がなくてつらいのはタイマー炊きができないことくらい。ご飯のいい匂いと共に目覚める快感は炊飯器ならでは。帰宅して即炊きたてが食べられるよう調整することもできる(でも残業したらかき混ぜもせず保温しっぱなしご飯になってつらい)(残業しなければいい)(そうだなあ)。それと、高級炊飯器で炊いた美味しいお米には憧れはしている。


そんなわけで鍋物をする土鍋で普通に白米をたまに炊いては食べていたのだが、あるときから炊き込みご飯に目覚めた。


もともとわたしは、炊き込みご飯がそんなに好きではなかった。なぜなら、炊き込みご飯はお茶碗に載るお米の量を減らしてしまうからだ。学生時代、実家で炊き込みご飯が出ると必ずお代わりしていたと思う。足りないのだ。これはこれで美味しいけど、おかずを食べながら白いごはんを食べたほうが断然たくさんご飯が食べられるし、いいじゃん、と思っていた。炭水化物が大好きゆえに、白くピカッと光るきれいな姿以外のご飯のことを愛しきれなかったのだ。
それに、おかずありきで考えると炊き込みご飯の味とおかずの味の兼ね合い(もしくは衝突)も懸念事項で、お店なんかでコース的におかずをいろいろと食べたあとに単品で食べるならまだしも、わざわざほかの食べものと一緒にせんでも…と思っていた。あと、混ぜ込みがちな芋栗南京、豆類が苦手だったのもある。いまはそのあたりの食材も好きだ。

 

あるときスーパーで鮭の切身が安くなっていたのを見て、これをご飯と一緒に炊いてみようかしらと思い至ったのが私のパラダイムシフトの始まりだった。炊きあがった蓋を開いて鳴った\ジャーン/という架空の効果音に、心躍った。それに、お米の上に具を載せただけなのに、ちょっと"丁寧に生きてる"感が出るのも喜ばしかった。
f:id:l11alcilco:20181202225858j:image
そして、それをおにぎりにしたときの生活の効率化ぶりが何よりもたまらなく快適なのだ。

あるとき鍼医(前回参照)に、「朝ごはんを必ず食べなさい。できればご飯を。」と言われてから、冷凍保存していた白いご飯を食べるのに苦労していた。
寝起きが悪いので、ご飯をチンして茶碗に盛り、おかずを添えて食べて、それを洗ってから出かける、という流れが出勤時刻に間に合わない。おにぎりにするにしても具を入れたい、海苔も巻きたい…と考えているとうまくいかない。
仕方なく近所のミニストップに寄って「お店で握りました!」と書いてあるおにぎりを買いながら出かける。200円ほどの出費を続けては「ああ自分でできれば…」と自己嫌悪になり、朝からよろしくない。
ちなみにミニストップの手作りおにぎりはとても美味しいのでミニストップは悪くない。海苔を手巻きするタイプのコンビニおにぎりはセブンイレブンが圧勝しているので、ミニストップでおにぎりの気分のときはぜひ「お店で握りました!」のほうを選んでいただきたい。


そこに「炊き込みご飯のおにぎり」というソリューションが現れた。
味がついている!具が入っている!今まで嫌だったことが全部よい方向に切り替わった。
これを握っておいてチンすれば、それだけで一応なんとかなる。鍼医との約束も果たせるし、具が多いほど炭水化物過多から少しでも逃れられる。
あんなに白いごはんを愛していたのに今や避けてばかりいるのだから、年をとるのは哀しいなと思いつつ、あつあつの炊き込みご飯を握っているときは愉しい。食卓にずらりと炊き込みおにぎりを並べていると、忍者が遠出の準備をしているような気持ちになる。兵糧丸だ…にやにや。一人暮らしだなぁと思う。


朝食べるもの、ヨーグルトにしてみたりバナナにしてみたりいろいろだったけれど、どうも飽きたりいろいろでルーティンにできていなかった。もっと言えば毎日違う朝ごはんを食べたいと本当は思っていて、それ故に挫折しやすくて、なにも選択できず食べないことが多かった。でも、しばらくは炊き込みご飯で楽しめそうだ。嬉しい。
f:id:l11alcilco:20181202225928j:image